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帝都怪奇譚③

誉はひどい眠気に押されて、梢が去るなりソファに寝ころんで泥のように眠った。昨晩のように夢は見なかったが、黒々とした闇の中に取り残されたような寂寞とした思いが睡りのさなかにも感じられた。この事件に関わることで、自分が常闇のほうへ押し出されるというような、奇妙な確信めいたものが誉の中で渦巻いていた。
 梢は昨日、つぐみが医院の産婦人科から出てくるのを見たという。
「つぐみさんは不義を犯したんじゃないかしら。それで、まるで罪人のように病院へ駆け込んだんだわ。」
「家族のどなたかの見舞いでは?」
 犬神は云った。「お母様やお姉さまは……」
「つぐみさんのお母様は長く臥せていらして、妊孕されるような容体ではないのよ。それにつぐみさんは一粒種なの」
「はあ、一粒種」
 犬神はどこか間の抜けたような声をあげた。口もぽっかり開けて
「ああ……でも、可哀相に、お妾の子なのよ。だから、お家には入れさせてもらえなくて、駒込に小間使いと二人で暮しているのよ。」
 梢は両手で顔を覆った。犬神は珍しく関心ありげに問うた。
「お父様はご存じなのですか?」
「つぐみのお父様は、虎沢医院の院長様よ。本当は内内のひめごとなのだけれど、こっそりと教えて呉れたわ。お母様が其れ者だもんで父子の縁は世間に公にされていないのよ。つぐみさんは、虎沢の名を戴いただけでも勿怪の幸いだと云っていたけれど……」
「虎沢医院の。それは御立派ですね。」
 犬神は茶を飲むと、
「しかし、今のところ動くことはできませんね。つぐみさんが本当に妊娠しているのか、そしてそれを白状するか。これは一日、二日では解決できない問題ですからね。」
「待っている間に子が生まれたらいかがなさる気?」
 梢は泣きながら怒っている。
「僕の勘ではありますがね……これは一週間も経てば解決すると思いますよ。」
「それはきっとね?」
「お約束いたしましょう」
 梢は幾分安心した様子で、部室をあとにした。
 譽は犬神の背を叩いた。
「ァイタッ」
「あんな啖呵切って、きちんとできるんだろうね。」
「予感ですよ……」
 犬神は苦笑いしていたが、目は伶俐に光っていた。
 
 翌日、梢がまた部室に来た。大変興奮している容子だった。彼女は一枚の手紙を差し出した。差出人は、虎沢つぐみからだった。
「わたくしの不義をおゆるしください。おかあさま、なぜわたくしを御産みになったのか。おとうさま、なぜわたくしを御捨てにならなかったのか。地獄は冥府になく、現世にあり。…… 
わたしはその日、わたしを抱いていた。わたしの分身を両手に抱いて、雨をしのぐため背を丸めて抱え込んだ。誰にも見られてはならぬ。一刻もはやく、これを、これを……永遠に葬り去らなければ。誰も居ないところへ……誰も知らぬところへ……」

「はあ、これは変な手紙ですねえ。」
 犬神は顎をかいた。
「そう?不義のゆるしを乞う手紙にはちがいないよ。それにしても純情だねえ。こんな詫び状を書いてよこすなんて。」
 譽は窓帷を閉めた。犬神はしきりに、はあ、はあ、と変に頷きながら、眼鏡の奥の目を細めたり開いたりしていた。そして手紙を丁寧に折り目づけて閉じると、鼻から息を吐いた。
「これは変ですよ。たしかに梢さんに渡されたものでしょうが、内容は御両親にあてたものじゃないですか。」
「それは、不義を犯した自分は、両親から生まれたからでしょう。良人のほかに両親に詫びるのは珍しいことじゃない。」
「フム。それもそうですがね。……つぐみさんのご両親は今どちらに。」
「昨日申し上げたように、つぐみさんは、虎沢医院の院長の娘ですの。それでお母様は、瘋癲の気があるとかで、虎沢医院に入院されているそうだよ。」
「瘋癲。そうですか。瘋癲……」
「かわいそうにね。つぐみさん、ご苦労されてるんだねえ。」
 それから、譽たちは駒込にあるつぐみの家に寄った。女中の老婆が出てきたが、つぐみは戻ってきていないという。
「お嬢様がこんなに長い間、黙って外泊なさるなんて一度もございませんでしたから、わたくし心配で。」
「胸中お察しいたします。つぐみさんは我々が探し出してみせます」
 犬神はいつもの柔な雰囲気から一変、力強くそう云った。
 つぐみの家を出ると、見知らぬ女が立っていた。帝都学園の制服を着ている。凄艶ともいうべき美少女である。つややかな花の香りのする髪をなびかせながら、大きな瞳で凝視っと見ている。
「どなたです?」
「この件にあなたたちは必要ないわ。」
 少女はそっけなく云った。
「何のこと?」
 譽は少しいらだった。
「つぐみのことよ。これ以上関わらないで。さもないと、あなたたちにまで危険が及ぶわ。」
「それくらい承知の上です。」
「あなたたちが想像できないような怨念、情念……それらは呪いとなってあなたたちに降りかかるの。もう、これ以上は何もしないで。」
 少女はそう言い残すと、踵を返して何処かへ行ってしまった。
「なんだアありゃア」
 中也は叫んだ。譽たちは困惑するしかなかった。しかし彼女の言葉には淵玄なところがあり、無視することもできなかった。
「あの子、一年の 暁ね。」
 梢が云った。
「ご存知ですか?」
「むしろ、あなたたちが知らないほうが驚いたわ。あの美貌。入学試験は犬神くんと同じで、満点主席。随分噂になったものよ」
「そんな優秀な奴、帝都倶楽部に入れるしかないね。」
「どうもこうも、あの調子じゃア入るわけはねえな。」
「それにしても、『つぐみに関わるな』とはどういうことでしょうね。彼女は何か知ってるんでしょうか。」
 結局、手紙は犬神が預かり、その場で解散した。

 庭の鉄砲百合が朝露にぬれ真珠のように輝く朝、帝都学園帝都倶楽部部室の前には屈強な青年たちが仁王立ちになり入口を塞いでいた。わたしは眠けまなこをこすり擦り登校し、廊下の角を曲がって部室のほうを眇めたが、部室前に立ち並ぶ青年たちを見とめると、顔を青くして数歩後ろについていた犬神のほうに向きなおった。
「部室が監獄に封鎖された!」
「本当ですか。」
 犬神は半信半疑の顔で部室のほうを見ようとしたので、わたしは慌てて彼の裾を引っ張りその場から離れた。
 学生監獄は帝都学園の自治組織で、生徒会長の名のもとに警邏や刑務所の役割を担っている。生徒数三千人超の学園においては、このような自治組織の権力は強大である。邏卒の頭数は数百人に及び、学園内での暴力事件や危険思想犯を取締まっている。
 わたしたちは以前より学生監獄と反目している。帝都倶楽部の部室の占有を生徒会が問題視しているのである。わたしたちは活動成績を報告し、部の公式化を求めているが、生徒会は断固部の存在を認めぬ心算らしい。そして部の設立四年目にして竟に、学生監獄を通して部室の封鎖に踏み切ったのである。
「下手に動いちゃ対手の思う壺だよ。あたしたちは飽く迄、校則を遵守する紳士的なクラブなんだからね。犬神はすぐおたおたするからいけない。肝要なのは周章狼狽せんことだよ。」
 あたしは内心怯えながらもそう云い、犬神を置いて一人で部室の前へ向かった。部室の前には五、六人の青年が微動だにせず立ちはだかっている。青年の一人が一歩前に出ると、
「お前が此処の代表者か。」と訊ねた。
「帝都倶楽部副部長です。何の御用ですか?」
「生徒会長の命で、この物置部屋は使用不可とする。」と青年は懐から紙を取り出してぞんざいにこちらに手渡した。その紙は勧告書で、倶楽部の活動停止を命ずるといった内容が簡素に書かれていた。
「倶楽部は非公式なのですから、会長の命を聞く必要はありませんでしょ。」
「屁理屈捏ねるンじゃない。本学園の中での活動はすべて生徒会の許可のもとに行われるのだ。」
「それは暴力じゃございませんこと。」
 そのとき扉が開き、室内から鹿爪らしい青年が現れた。視線の鋭い、病的に気むつかしそうな青年である。青年は前髪を右手で撫でつけると誉のほうを突き刺すように視た。
「尊公らがやっている事は国賊密偵と同類だ。己の昏い将来を予見し、飯の種にせんが為め、有望な我が学園の生徒の身辺を嗅ぎ回る下衆どもめ。」
 わたしは押黙って、青年を瞻った。青年の眼元の不健康な隈のあたりが小さく脈打っている。その澆薄、陰惨たる表情の凄味に、満堂ひとしく息を吞んだ。
 すると其処へ又一人の青年が、付き人らしい男を伴なって来、暴虐な青年総監の肩を撲った。
「なンだってこんな朝から喧しいんだ。鵺野……お前は少々手荒過ぎる。」
 わたしはその青年を見知っていた。彼は体育委員長の佐久間玲司であった。朝礼で全校生徒を前に快活に挨拶している姿を、譽は毎週寝ぼけまなこを擦りながら眺めていた。
 いつも地べたから朝礼台の上に立つ彼を見上げていた譽は、眼前の壮佼な青年から伝わる、極めて健康的な迫力に圧倒された。
 鵺野は剣呑な表情で佐久間の手を振り払うと、
「彼奴らは数年に及んで不当に学園の敷地を占有しているのだぞ。その上こいつ等の活動と云ったら……」
 鵺野は急に言葉をとめて口を噤んだ。それから、
「兎も角、この室を解放することは今後一切無いのだから、部も解散するように。」と云残して、部下とともに去って行った。
 それと入れ違いに犬神がいそいそとやってきて、佐久間にこうべを垂れて、
「ありがとうございます。」と云った。
 佐久間は明朗に笑って、
「鵺野はまったく頑固な老人のような奴だよな。俺も手を焼いてるんだ。何せすぐ背後には会長がいるんだから、強気も強気だよ。それに、これは内密の事だが(と、彼は声をひそめ)、奴は一年生の時分より陸軍の参謀本部から目をかけられているような、詰るところ規律キチガイなんだな。学園の不正を律して、何事もなく卒業すりゃあいつはすぐに陸大に上がって、ゆくゆくは大将って腹積もりだ。」
「じゃあの方は予科の学生なんですね。」
 政府は、教育機関の乱立を防ぐため数校の巨大国立校を指定校と定め、奨学金などを充実させて全国から優秀な学生を募っている。帝都学園に隣接している陸軍予科学校もまた、指定校として多くの士官志望の若者を抱えている。そして、陸軍予科学校の中でも教養課程の成績が優等な学生は、特別に帝都学園で教養課程の授業を受けるのである。予科の学生は一学年に数名しかおらず、未来の将校として好奇の的になることもしばしばあるが、殊に鵺野は予科の学生でありながら帝都学園のなかでも優秀な成績を残し、また、自治組織である監獄の総監にまで任命されたために、ちょっとした有名人だった。わたしが彼を知らなかったのは、ひとえに友人が少なすぎたためだ。
 犬神は何か思い出したように突然大きい声で、
「封鎖されているってことは中の蔵書も取り出せないということですか」
「蔵書だって?中に本があるのか。まあ無理だろうな。監獄はとんでもなく横暴だぜ。蔵書なんぞ、押収して図書館に寄贈するか、売り飛ばすかもしれねえ。」
 佐久間は冗談めかして笑い飛ばしたが、犬神は顔面蒼白になっている。何しろ部室には貴重な初版本やちりめん本、苦労して探し出した文献が山ほど積み重なっていたのだ。
「あたしたちもう少し粘ってみます。寄贈なんてトンデもないですよ。」
「あ、それならよ。」佐久間は付き人らしい背の高い壮健な学生に目くばせした。彼は少しこうべを垂れ、恭しい態度で、
「すこしお時間いただけませんか。立ち話もなんですので、委員会室にご案内いたします」
 清冽な声であった。直線の濃く太い眉毛と、その下に開かれた黒々とした瞳の気迫に負け、わたしたちは体育委員会委員室に向かった。
 
 体育委員会は委員会系列の中で最も頭数が多い巨大委員会で、その権力も計り知れない。委員は軍隊のように統率され、幾千人に及ぶ全校生徒の風紀を律するため、目を光らせて憲兵のように校内を練り歩くため、一般生徒からはいたく畏怖されている。
 委員会室は西棟の最上階にあって、東棟の最上階の生徒会室と対峙する形で生徒たちを監視している。頑丈な観音開きの扉を開けると、会議室ほど広い室に、強健な男子生徒が数人、机を挟んで向かい合って座っていた。彼らは佐久間の顔をみとめるなり素早く立ち上がって直利不動で長を出迎えた。
「こちらは帝都倶楽部の代表者の犬神と神楽坂だ」
 佐久間は先ほど軽く挨拶した程度の二人の名前を判然と述べ、旧知の仲のような親しげな笑みを浮かべた。男子委員たちは訝しげな表情のまま軽く二人を見て頭を下げた。佐久間は彼らに目で退室を促し、四人だけが残された。付き人の青年は天徳寺と名乗った。
 佐久間は窓際の牛革のソファに深々と腰かけると、後ろに控える天徳寺に茶を持ってこさせた。天徳寺は寸分も厭な気色も見せず、むしろ斉眉の妻のごとく剛健な大きい躰をせわしそうに動かし立ち回って主人に尽くしているので、わたしは大へん窮屈な思いがした。まるで下人のように振舞う彼でさえ、委員会の二番手であるからには、わたしや犬神とは比べ物にならぬほど家柄も育ちもよいはずなのである。
 佐久間は顎をかきながら、
「なに、畏まるんじゃない。なんせ俺が呼び止めて御足労頂いたんだからな。一限目を飛ばすことになったのは申し訳ないが……」
「構いませんよ。一限目は運動ですので、幸運なくらいです」
 犬神は冗談とも本気とも取れぬ調子でそう云って佐久間を笑わせた。わたしは、佐久間が微笑みながら手で木のようなものを遊ばせているのに気付いた。
「それは何ですか?」
「これは落し物だよ。偶々校庭で拾ったんだ。」
 佐久間はわたしにそれを手渡した。それは二寸ほどの平らな木の札で、素人がナイフで削り取ったようなものだった。犬神が横からそれを覗き込んで、
「わたしも見たことがありますよ。校庭の納屋ちかくのブナの木の下に小さな箱があって、そこにちょうどこんな風な木屑みたいなものがたくさん詰められていたんです。」
「そうだ。これは、聞くところによればまじないとか願掛けの一つらしい。人目を忍んでこの木札を箱に入れると想い人と結ばれるというんだ。」
 佐久間は色恋の沙汰を口にするのも照れ臭いのか、わざとらしく笑った。そしてこう付け足した。「浮かれた奴が多いなあ。指導対象だ」
 わたしはしげしげとそれを眺めまわした。木札はなにも書いておらず、ただ手に収まる形に削り取られているのみだ。手に持つ部分が四角く、先は細くなっている。
「なぜこんな木札が恋のまじないに効くのでしょう?しかも、相手の名前も書かないようじゃ、意味がないのではございませんか」
「はあ、そりゃ俺に聞かれたって困るよ」と佐久間は頭を掻いて、
「しかし、どうやら、名前を書くのは御法度なんだそうだ。名前どころか、入れているのも見られてはいけないし、誰を想っているのかも知られてはいけないんだそうだぜ。これはただ羞しいというわけじゃなくてよ、見られたらその恋は終わるから絶対にいけないというんだよ。理由はわからんのだがな」
「はあ。不思議な願掛けですね」
 犬神はその木札をわたしから受け取ると、目を凝らして観察していた。
「木の板と呼ぶにはすこし小さいですね。」
「昔からこうなんだってよ。」
「ふうん。でも、何も書きませんのね。普通は名前を書いたりするんじゃありません?相合い傘みたいに。」
「それがよ、名前は絶対に書いちゃいけないんだってよ。変だよな。誰が入れたのか知られると、叶わないんだとさ。」
「そりゃ、シャイだからですか。」
「いやあ、どうだかな。しかし俺のきいたところによれば、人に見られたり、自分と知られたら、もう入れてはいけないんだそうだよ。どうしてもと思うなら翌日に持ち越さなけりゃいけない。忍ぶ恋というやつだな。うん。近ごろの妄りな若者にしちゃあ、いじらしいじゃねえか? まあ、おまえたちみたいな見栄っ張りの猪口才たちには無関係な話だろうがなあ。ははは。」
 佐久間は、閑話休題とばかりに咳払いをして、本題に入った。
「実は昨日、監獄のほうへ行ったら鵺野の奴が、帝都倶楽部の強制封鎖について話していたんで、権力による抑圧は見逃せんと思って待ち伏せていたんだ。青鳥を飛ばしても良かったんだが、奴は俺くらいでないとまともに取り合わないからなあ。」
 真正面から見た佐久間は、存外に色っぽさのある顔立ちをしていて、わたしは少し慄いた。目頭の肉がハッキリ露呈した迫力のある目と、黛で描いたような青蛾、細く鼻筋の通った鼻などは、いかにも流行りの美男子らしく、それにくわえて長い前髪を広い額の真ん中で分けた髪形が彼に気障で蛮風な印象を与えていた。
 佐久間はふと真面目な顔をして心持身を乗り出した。しかし、そのとき天徳寺が何を思ってかその気勢をとがめるように彼の前に茶を差し出したので、佐久間は我に返った様子でまたソファに背もたれた。天徳寺が云った。
「ハッキリ申し上げますと、我々が総監に掛け合って封鎖を解くことは可能です。貴重な蔵書もそのままあなたたちのもとに返るでしょう。しかし、そのために我々に協力の姿勢を見せていただきたいのです。」
 忠孝の士は君主の口を穢さぬよう代弁した。犬神は能天気に茶をすすりながら、
「協力とはなんです?」と訊いた。
「十月に行われる来年度の生徒会総選挙にかかる協力です。」
 佐久間はにやにやと奇妙な笑みを浮かべている。まるで悪戯坊主のような顔である。
佐久間は云った。
「貴公らも既知のとおり、我が学園において生徒会という存在は非常に強大だ。そしてつい十年ほど前まで、生徒会長に就いた生徒のほとんどは体育委員会会長を歴任していたんだ。現在のような文弱の徒が生徒会を占めるようになったのはここ最近のことなんだよ。このまま文弱政治が続くようじゃ、学園の未来が危ぶまれる。そう思わねえか」
 彼はあからさまに口吻を洩らすような物言いをしたが、しかし、わたしたちこそが体錬を憎み詩学を愛する正真正銘の「文弱の徒」なのである。わたしは答に窮した。すると犬神が飄々とした口吻で云った。
「こちらの委員会の予算が減らされているのですか。」
「はあ、まあ、そういうことだ。」
「それで、我々に選挙活動で暗躍しろと仰有るわけですね。佐久間さんが次期生徒会長に当選するように。」
 天徳寺は慌てた様子で、
「暗躍などという卑怯な真似はさせん。ただ、貴公らがナチ党ゲッベルズ首相のプロパガンダの手法を研究していると小耳に挟んだのでな。」
 確かにわたしたちはプロパガンダの手法を研究していた時期がある。しかしそれは退屈しのぎの考究にすぎず、実践の段階には至っていなかった。しかし、わたしはこれ幸いとばかりに威勢よく答えた。
「ええ、確かにそうです。わたしたちは学生の身ながら日本の更なる繁栄のために日夜色々な研究に励んでいる高尚な部活なのですよ。口先だけの、ペテンばかり上手い詭弁論部よりも数段高明である自負があります。」
 委員会の二人は顔を見合わせて哄笑した。犬神は呆れ顔で譽を見ていた。